「運がいい人」は、運を待っていない
奪われないものを子に残すという話
「運がいい人」は、運を待っていない。
「運が良くなる習慣」というものを見かけた。
玄関を掃く。
鏡を磨く。
朝、窓を開ける。
不要なものを一つ手放す。
「ありがとう」と言う。
靴を揃える。
こうして並べてみると、どれも驚くほど普通のことだ。
玄関を掃いたから、突然大きな仕事が舞い込むわけではない。
鏡を磨いたから、お金が増えるわけでもない。
では、なぜ昔から「掃除をすると運が良くなる」「物を大切にすると運が向いてくる」と言われるのだろう。
おそらく、「運」というものを直接動かしているのではない。
運を拾える自分をつくっているのだ。
大谷翔平選手の「運を拾う」
大谷翔平選手には、高校時代に作ったことで知られる目標達成シートがある。
その中で「運」を高めるための行動として、ゴミ拾いや挨拶、審判への態度、本を読むことなどが挙げられていた。
そして大谷選手のゴミ拾いについては、
「人が捨てた運を拾っている」
という考え方が広く知られている。
面白いのは、ここでいう「運」が、神頼みではないことだ。
ゴミが落ちている。
普通なら通り過ぎる。
でも、拾う。
つまり運を良くする行動とは、
「自分には関係ない」と通り過ぎられるものに、どう向き合うか
なのかもしれない。
運の正体は「小さな選択」の積み重ね
玄関が汚れている。
「まあいいか」と思うこともできる。
30秒だけ掃くこともできる。
誰かに何かをしてもらった。
そのままにすることもできる。
「ありがとう」と言うこともできる。
失敗しそうな仕事が目の前にある。
「どうせ無理だ」と考えることもできる。
「まずやってみよう」と考えることもできる。
一つひとつは小さな違いだ。
ところが、それを365日続けると大きな差になる。
掃除をする人は、小さな異変に気づく。
感謝する人には、人が集まる。
物を丁寧に扱う人は、仕事も丁寧になる。
不要なものを手放せる人は、本当に必要なものを選びやすくなる。
「やってみよう」と考える人には、経験が蓄積される。
そう考えると、運という言葉の一部は、
「チャンスに気づき、拾い、次につなげる能力」
と言い換えられるのではないだろうか。
「イラッとしたら負け」
もう一つ、仕事にも通じる考え方がある。
感情に支配されている時間は、判断力が落ちる。
相手の言葉に腹を立てる。
失敗した人を責め続ける。
過去の出来事を何度も思い返す。
もちろん、人間だから腹が立つことはある。
重要なのは、腹を立てないことではない。
その感情に、自分の次の行動まで決めさせないことだ。
起きてしまったことは変えられない。
しかし、
「では、次に何をするか」
は選べる。
運がいい人というのは、この切り替えが早い人なのかもしれない。
運は「確率」を少しずつ上げること
掃除をしたら成功する。
感謝したらお金持ちになる。
そんな単純な話ではない。
けれど、
身の回りを整える。
人を大切にする。
感情を整える。
先入観を捨てる。
まず行動する。
失敗から学ぶ。
これを続ける人と、続けない人では、5年後、10年後に出会う人、得られる情報、信用、経験の量が違ってくる。
だから「運を良くする」というのは、未来を予言することではない。
良い偶然が起きたとき、それを掴める確率を毎日少しずつ上げていくことなのだと思う。
玄関を掃くことも、ゴミを一つ拾うことも、その一歩なのだろう。
運は、どこか遠くから突然やってくるものではない。
案外、今日目の前に落ちている。
あとは、それに気づいて拾うかどうかだ。
書いた人
佐藤勝美 事業設計・プロデュース
kastumi sato
豊富な知識で、想いを確かな「事業」へと着地させます。
美味しいものを飲んだり食べたりするのが好き。
飲み食いが好きすぎて飲み屋のような自宅を作りました。
美味しいものをいただきながら未来のお話を固めていきましょう。



