映画脚本シノプシス 原案:民話「花咲か爺さん」 40代女性向け社会派ヒューマンドラマ ■ ジャンル 人生ヒューマンドラマ/静かな再生の物語 ■ ログライン 「あなたがいなければ、私の花は咲かなかった」と言われ続けた女が、四十代になってようやく気づく——私はずっと、土だったのだと。そして土は、自分自身の花を咲かせることができると。 ■ 主要登場人物 木下 亜紀(きのした あき)・主人公・40代後半 地方の建設会社の娘として育ち、若き政治家・誠司の妻となる。スピーチの草稿、支持者への根回し、政策資料の調査——夫の政治を実質的に支えてきたが、肩書きは三十年間「議員夫人」のままだった。植物が好きで、桜よりも根のことをよく知っている。 木下 誠司(きのした せいじ)・亜紀の夫 地方議員から国会議員、やがて閣僚へ。悪人ではない。ただ、隣に立つ人間の顔を見る前に、カメラのほうへ顔が向いてしまう人間だ。亜紀を「最大の理解者」と呼ぶが、彼女が何を飲み込んできたかは、最後まで知らない。 原田 さおり(はらだ さおり)・亜紀の学友・市民活動家 亜紀と同い年。誠司が「削った」地域の福祉施設を守るために戦い続けてきた女性。選挙のたびに戦い、そのたびに負けるが、折れない。亜紀にとって「もう一つの人生」を体現する存在。 ■ シノプシス 【第一章:土を耕す 1990年代】 バブルが崩壊した地方都市。若き議員・誠司は、沈む町を見て言った。「この丘に桜を植えよう。心に花を咲かせることが、政治の原点だ」。亜紀は黙って、次の穴を掘り始めた。苗木を抱え、土を踏み固め、水を運んだ。誠司のスピーチ原稿も、支持者への手紙も、すべて亜紀が書いた。 この頃、国は景気対策として公共事業を次々と打ち出した。誠司もその流れに乗り、地域への補助金を引っ張ってくる。「俺が動いたから取れた予算だ」と誠司は言うが、根回しをしたのは亜紀だった。そして国の借金は、静かに、確実に膨らんでいた。 消費税が3%から5%へ上がった年、亜紀は家計簿をつけながら思った。増えたのは税金と夫の仕事だけだ、と。 【第二章:枝を切る 2000年代】 「改革なくして成長なし」という言葉が国を覆った時代、誠司もその波に乗った。「無駄を切る。強い木だけを残す」。亜紀が十年かけて支えてきた地域の福祉サークルが、「費用対効果が低い」という理由で助成金を打ち切られた。亜紀が夫に伝えると、「感情で語るな。数字を持ってこい」と言われた。 地方では、商店街のシャッターが増え、若者が出ていき、残ったのは老人と、非正規雇用で働く同世代の女たちだった。誠司の「改革」は整然とした資料になったが、亜紀には、切られたものの顔が見えた。 学友のさおりが「派遣法の改正で職を失った女性たちを守れ」と街頭で訴えていた。亜紀はその映像をテレビで見ながら、夫の次のスピーチ原稿を書いていた。 【第三章:満開の影 2010年代】 誠司が閣僚となり、「国家的な桜プロジェクト」を打ち上げた。大胆な金融緩和で株価が上がり、海外から観光客が押し寄せ、テレビは桜の映像で溢れた。誠司は「成功した政治家」として称賛された。 しかし亜紀には見えていた。円安で輸入食品が上がり、実質賃金が下がり続ける家庭のことが。観光客のために整備された桜並木から追い出された地元の人々のことが。夫が「秘密保護」を理由に、都合の悪いデータの公開を渋っていることが。 官邸主導という名のもと、誠司の周囲から異論が消えていった。党内で声を上げた議員は次の選挙で公認を外された。亜紀の言葉もまた、誠司には届かなくなっていた。「君は政治家じゃない」と言われた夜、亜紀は初めて、その言葉の残酷さに気づいた。届かないのではない。最初から、聞く気がなかったのだ。 【第四章:散りはじめる 2020年代】 少子化が止まらない。増税が続く。コロナが来て、格差がさらに広がった。誠司の事務所が「桜を見る会」の費用を裏で操作していたことが週刊誌にすっぱ抜かれ、「記憶にありません」という答弁が国会に流れた。 亜紀は三十年分の手帳を引っ張り出した。そこには、夫が「忘れた」ことのすべてが書いてあった。誰が何を削られたか。誰が何を訴えたか。亜紀が飲み込んだ言葉の数。 さおりから久しぶりにメッセージが届いた。「会えないか」。亜紀は、すぐに返信した。初めて、夫に相談せずに。 ■ クライマックス 国家表彰式の夜、誠司が「桜の政治家」として壇上に立った。スピーチは亜紀が書いた最後の原稿だった。 式の終わり、亜紀はひとりで、三十年前に最初の苗木を植えたあの丘へ向かった。手入れもされず、誰に見せるでもなく、それでも静かに咲いている一本の木があった。 土に触れた瞬間、何十年分かが来た。悲しいのではなかった。ただ、長かった、と思った。 翌朝、桜の下で遊ぶ子どもが亜紀に尋ねた。「これ、だれが植えたの?」 亜紀は少し考えた。「私」と言いかけて、止まった。三十年間、「夫が」と言い直してきた癖が、喉元まで来た。 今度は、押し返した。 「……私が、植えたのよ」 子どもはすぐに走り去った。亜紀はその場に残り、もう一度だけ、声に出した。「私が、植えた」。 ■ ラストシーン さおりのオフィス。亜紀は三十年分の手帳を机に置く。「これ、使えるものがあれば、使って」。さおりは手帳を開き、一ページ目を見て、静かに言う。「ずっと書いてたんだね」。「書くしかなかったから」と亜紀は答える。 外では、風が桜を揺らしている。花びらが一枚、窓ガラスに貼りついて、ゆっくりと落ちていく。 亜紀は、さおりが差し出したコーヒーを、自分の手で受け取った。 部屋の隅にある古いテレビ受像機。あるいは、さおりが何気なく操作しているタブレット端末から、**「2035年の日本」**を象徴するニュース番組が連続して流れ始める。 画面の中のキャスターは淡々と語るが、その内容は亜紀が30年間「土」として支えてきた世界の、あまりに寂しい収穫報告である。 【ニュース台詞】 ニュース1(経済の冷え込み) 「……政府は本日、食料品への軽減税率を来年度をもって廃止する方針を固めました。財政健全化は待ったなしの状況です。30年前、希望として植えられた『桜』の維持費が、今、国民の食卓を圧迫しています。」 ニュース2(金利の足音) 「長期金利の上昇により、国債の利払い費が過去最大を更新しました。補正予算の大部分が利払いに消え、新規の福祉予算は事実上の凍結。かつて『異次元』と呼ばれた夢の代償を、次世代が支払う形が鮮明となっています。」 ニュース3(地方の消滅) 「人口減少に伴う自治体の広域統合が、来月から一斉に始まります。行政サービスの維持が困難となった100以上の町村が地図から消えます。かつて誠司政権が推進した『地方創生桜並木』も、管理費不足により順次伐採が進められる見通しです。」 ニュース4(労働の現実) 「深刻な人手不足を受け、政府は『エッセンシャルワーカー確保法』を施行。介護・物流現場への強制的な配置転換も視野に入れた、国家による労働管理が始まろうとしています。自由な選択よりも、生存のための再配置が優先される時代へと突入しました。」 ニュース5(政治の膿) 「また、先ほど入ったニュースです。木下誠司元大臣の事務所が長年隠蔽してきたとされる『政策決定プロセスの不整合』について、新たな証拠が見つかりました。匿名で提供された『三十年分の詳細な手帳』が、当時の不透明な資金の流れと、歪められた統計の裏側を証明している模様です。検察は再捜査を検討……」 【ラストカット】 テレビの音を背景に、亜紀は窓の外を見る。 ニュースでは「伐採」や「廃止」という言葉が踊っているが、亜紀の視線の先には、先ほど彼女が「私が植えた」と言い切った、名もなき一本の桜が風に吹かれている。 ニュースの声は次第に遠ざかり、亜紀の穏やかな呼吸音だけが重なる。 彼女はもう、テレビの中の「虚構の満開」を支える土ではない。 自分の足で、自分の人生という土の上に立っている。 (暗転) ■ テーマ 「失われた30年」は、この国の経済だけの話ではない。誰かのために言葉を飲み込み、誰かのために土になり続けた女たちの、30年でもある。 制度が人を変えるのか、人が時代を変えるのか。その問いの前に、この映画はもうひとつの問いを置く——あなたは今まで、自分の花を咲かせたことがあるか、と。 桜という記憶を通して、日本社会の変遷と、その陰で声を飲み込んできた一人の女性が「私」を取り戻すまでの、静かで深い物語。 ■ 時代背景とメタファー対照表 |時代 |政治・経済の実像 |物語の中のメタファー | |------|-------------------|---------------------------| |1990年代|バブル崩壊・公共事業・消費税3→5% |桜の植樹・補助金・家計簿の増税記録 | |2000年代|構造改革・派遣法改正・地方切り捨て |福祉サークルの廃止・シャッター商店街・さおりの街頭演説| |2010年代|アベノミクス・円安・秘密保護・官邸主導|「国家的桜プロジェクト」・実質賃金低下・党内異論の消滅| |2020年代|少子化・増税・裏金問題 |三十年分の手帳・「記憶にない」答弁・亜紀の覚醒 |
企画:佐藤勝美


